英語俳句がつなぐマニラ・コロンボ・鹿児島——大航海時代の海路を現代に重ねて

図1 スリランカにてAshoka氏と贈り物を交換する様子

2025年12月、鹿児島国際大学大学院にて、国際情勢を意識したグローカル英語教育を研究する筆者は、鹿児島からスリランカ・コロンボ、続いてフィリピン・マニラを訪れ、英語俳句を介した文化交流と学術的対話を行いました。今回の旅は単なる海外訪問ではなく、かつて世界を結んだ「大航海時代の海路」を現代に重ね合わせるような経験となりました。日本の南端に位置する鹿児島は、歴史的に琉球を経由して東南アジアや中国と結ばれてきた海上ネットワークの要衝です。地図上では「端」に見える鹿児島が、実際には「南への玄関口」であったという歴史的現実を、今回の旅を通して改めて体感しました。

渡航前、筆者は南アジア・東南アジアの人々と文化交流だけではなく、「我々にしかできない交流方法とは何か」研究指導教官である国際文化学科マクマレイ教授に相談しました。長年にわたり国際俳句界に携わってきたマクマレイ教授は、フィリピンの Anthony Rabang 氏やスリランカの Ashoka Weerakkody 氏といった著名な英語俳句作家の名前を挙げ、連絡の糸口を助言してくださいました。また、交流のきっかけとして、教授自身の著書であり国際的にも活用されている英語俳句教科書『Teaching and Learning Haiku in English』(2022年刊)を贈呈することを提案してくださいました。この教科書(図1・図2参照)が、マニラおよびコロンボの俳句作家との文化交流への 「扉」を開く役割を果たしました。

昨年12月コロンボにて、Asahi Haikuist Network に作品を寄稿している詩人 Ashoka Weerakkody 氏と初めてお会いしました。会合では、スリランカと日本の歴史的・文化的関係性について意見交換が行われ、Weerakkody 氏自身が、日本とスリランカの交流の重要性を強く意識していることが印象的でした。俳句に関する対話では、スリランカが歩んできた複雑な歴史的背景、とりわけ植民地時代の影響が文学表現や感性にどのような影を落としてきたかについて話題となりました。さらに、スリランカにおける仏教的価値観や思想が、自然観や無常観を通じて俳句表現にどのように反映されているかについても議論が及びました。異なる文化的背景を持ちながらも、俳句という短詩形が精神性や歴史認識を共有する媒体となり得ることを、双方で確認する機会となりました。なお、次回は2026年2月に再び対面での意見交換を行う方向で調整が進んでいます(図1)。

続く12月9日マニラにて、Mariano Marcos State University で医薬学を専攻する俳句作家 Anthony Rabang 氏と会合しました。専門分野は異なりますが、文化観・歴史観・季語観を含めた横断的な対話が交わされました。Rabang 氏は、フィリピンが多島国家であることから島ごとに文化的背景や価値観、表現の傾向が大きく異なる点を指摘しました。また、長期にわたるスペイン統治の影響により、カトリックを中心とした宗教観が社会や文学表現に深く根付いていることにも触れられました。その結果、フィリピンの英語俳句では、祈りや宗教的象徴、祝祭、共同体意識、自然と信仰の結びつきが強く表現される傾向があり、これらが日本の季語とは異なる形で、地域に根差した「季語的役割」を果たしているという認識が共有されました。

また、 Rabang 氏からは、俳句や研究を個人単位で完結させるのではなく、異なる文化的・専門的背景を持つ実践者が集まり、マクマレイ教授と筆者自身も含めた collective working(協働的な取り組み) を進めていきたいという具体的な提案がありました。共同プロジェクトや文章の共有、継続的な対話を通じた協働の可能性について意見が交わされ、今後の国際的な学術・文化交流に向けた明確な方向性が示されました。

筆者は会合後、その日の対話とマニラの空気を俳句で詠みました。
Subtropical wind
our voices meet and mingle
in Manila’s warm night
(亜熱帯の風 声かさなりて マニラの夜)

また今回の一連の旅路を象徴する俳句として、次の一句を詠みました。

Crossing old sea charts
still in my chest
the southern wind
海図越え
いまも胸には
南の風

大航海時代の海図を越えて進む感覚と、鹿児島から南へ向かう現代の旅路。その二つが重なり合う体験を象徴する一句です。今回の交流を通して強く実感したのは、鹿児島が決して「日本の端」ではなく、海を介して世界と接続する「起点」であるという事実でした。

鹿児島から南へ伸びる海の道は、かつて大航海時代の航路と重なり、そして今日、俳句という文化媒体を通じて再び息を吹き返そうとしています。筆者が研究している Glocal English Education(地域と世界をつなぐ英語教育モデル) においても、この経験は非常に示唆的でした。地域に根差した視点(鹿児島の海洋史や文化性)と、海外での実践的交流(マニラ・コロンボでの対話)が相互に補完し合う教育モデルとして、具体性を帯びてきています。

英語俳句という普遍性のある詩型は、地域文化と世界を結ぶ「媒介言語」となり得ることを、今回の旅は示してくれました。大航海時代が海と風を通じて世界を結んだように、英語俳句は現代における「文化の航路」となり、鹿児島・コロンボ・マニラを静かにつなぎ始めています。今後もこうした学術的ネットワークと現地での実証的知見を積み上げ、鹿児島から世界へと繋がる国際教育モデルの確立に努めていきたいと考えています。

国際文化研究科 前期博士課程2年 原 有輝

図2 フィリピンにてAnthony氏と贈り物を交換する様子
図3 薩摩とマニラが間接的に海洋ルートで繋がっていた証である瓶